江戸時代のムダ毛のおていれ?

脱毛というものを広く捉えるのであれば、日本においても脱毛の意識は古くからありました。 平安時代の貴族女性の間では、額の形を整えることが身だしなみとなっていました。 そのために生え際の余計な毛を抜いて、「ひたい墨」を塗って形よく見せる事をしていたようです。 眉墨などと同じようなものと考えればよいでしょう。 この「額の生え際」のお手入れは、江戸時代においても行われていました。

生まれたままの姿でいいものも時にはいますが、10人中8人から9人は左に歪みがあると信じられていましたから、皆が一様に手入れをしていたと思われます。 髪の際(真ん中の頂点)と鼻筋を結ぶ線を対称軸として対称となるように、左に墨を入れたり、モミアゲの部分を揃えたりしていたようです。 眉毛のしたの方の毛を抜くことも、眉毛と目の間をゆったりと見せるために行っていました。 おひなさまのお顔を思い出してみると、日本における美人の条件が見えてくると思います。 生え際が美しく、眉毛と目の上が豊かになっています。 これは平安の世から、ずっと続いていた美容へのこだわりだったのではないでしょうか。 しかしアンダーヘアに関してのお手入れや他の体毛には、手を加えることはありませんでした。 それを行っていたのは遊女という職業の女性だけでした。

そのことがかえって一般女性が脱毛をしない原因となっていたでしょう。 吉原遊女は平たく小さな軽石で、アンダーヘアを挟んでこすり切ったり、先行で焼いたりする方法でお手入れを行っていました。 手足の毛のお手入れは、木の実からとった油と軽石の粉を混ぜた脱毛剤を使い、手のひらでいふに吸い込むことで毛を摩擦で切っていたのです。 小これを用いた後はうぐいすの粉を塗って、ヘチマ水をつけるなどを怠らぬよう言いつけられていました。 このように生え際とアンダーヘアなどの手入れを行うのは、遊女のような商売女だけという考え方が定着していました。 それによって一般的な女性がそれを行うことは、かえってふしだらな事とされていました。 日本にはアンダーヘアのお手入れなどが受け入れられにくかったのは、ここに原因がであるのではないかと思われます。今の時代は誰でも気軽に脱毛出来るようになりました。私も銀座で脱毛していますし。